「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(こち亀)を筆者は愛読してきました。初めて単行本を買ったのは55巻です。しかしそこから最新刊を買い続けるのは117巻でやめてしまいました。かつては50~70巻ごろを本当に面白く素晴らしい巻だと思っていましたが、その後、1~10巻あたりを繰り返し読むようになりました。
この1~10巻という初期の話は、長い「こち亀」史の中では異質な部類に入ります。両津をはじめとした男性警察官ばかりが登場し、ハチャメチャな日常を繰り広げます。中川は世間知らずのボンボンで、拳銃を平気で発射します。寺井も初期は勤務中に酒を飲んで昼寝したりします。
そのような初期の雰囲気が一変したのはやはり11巻の「麗子巡査登場」だと思います。男性の巡査たちはどんどん影が薄くなっていきます。巨乳で露出度の高い麗子巡査の登場は読者にとって歓迎すべきだったかもしれませんが、私としては、麗子が登場しない、初期のままの雰囲気の「こち亀」を読み続けたかった気もしますが、それだとネタ切れになってしまった可能性もありそうです。
さて、「こち亀」の初期の巻を読む楽しみとしては、古い版と新しい版を参照する面白さがあります。なぜ古いのと新しいのがあるのかというと、かつては問題のなかった言葉の表現が、時代を経るにつれて、警察官のイメージにふさわしくないなどの理由で別の表現に修正されたからです。この修正は平成2年ごろに既刊全体に対して行われたようです。私が最初に買い揃えたのは新しい版でしたが、古本屋でなんとなく古そうな「こち亀」コミックスを買って読んでみると、セリフの違いがあることが分かりました。1巻の修正が一番多いでようです。中でも最初のエピソード「始末書の両さん」は不適切表現の嵐です。
(古)「競馬でスッてイライラしてる時にガタガタぬかすと本当にぶっ殺すぞ! だてに拳銃をぶら下げてるわけじゃねえんだぞ!」
(新)「競馬でスッてイライラしてる時にガタガタぬかすと本当におこるぞ! 早くどこかへ行ってしまえ!」
(古)「東京はてめえみたいな百姓が来るところじゃねえ!」
(新)「東京はてめえみたいなやつが来るところじゃねえ!」
(古)「ふん! 新潟で米でも作ってろ!}
(新)「ふん! まったくもう!」
このように、道を聞きにきた男性への対応はすさまじいものでした。
他には、10巻の「愛があれば…」の巻が印象に残っています。チャーリー小林が、自分のレコードを投げ捨てた子供に向かって吐いたセリフです。
(古)「てめえっぶち殺す! そんなガキ八つざきにしろ」
(新)「とんでもないやつだ! たいほしろ!」
出現頻度の高い不適切語を挙げてみると、「ぶち殺す」「死ね」「キ○ガイ」が多いです。特に「ぶち殺す」は作者のクセのようなもので、古い版では頻繁に使われています。新しい版ではもっと穏やかな言葉に直っています。
古い版と新しい版で違うのは、セリフだけではありません。「こち亀」には、コマの空いたスペースに作者の短いコメントや日記のようなもの、アイドルに対する想いなどがつづられています。それらが新しい版ではほとんど白く塗りつぶされており、それだけ見た人は、不自然なスペースがあるな、と思うかもしれません。しかし古い版を入手してみると、消される前の落書きが残っており、制作当時のライブ感が伝わってきて面白いです。
その中で特筆してみると、14巻の「ファイター!!」という話があります。ここでは冒頭から、作者がバイクで一時停止違反をして罰金四千円をとられたという書き込みがあります。取締りの警察官の名前まで書いてあります。「まずしいボクから四千円とるなんてオニのようだ!」など、恨み節が繰り返されます。ついには背景の建物にも「四千屋」「四千円病院」とかが出てくる始末です。
現在でも「こち亀」コミックスの過去の巻は版を重ねているのでしょう。機会があったら、最近印刷された1巻を見て、セリフが変わったりしていないか調べてみたいものです。